特別企画 SPECIAL

武豊ファンミーティングレポート-2019-NEW

今年で7回目を迎える武豊ファンミーティング。例年同様、今年も武豊オフィシャルカレンダーを御購入、御応募頂いた方の中から抽選で250名様をご招待しての開催となりました。今年も日本全国から大勢のファンの皆様にご参加頂き、武豊、スタッフ一同、心より感謝致します。

今までの様な形でのファンミーティングは今年が最後となり、来年以降は形を変えてファンの皆様との交流ができたらと検討しています。そんな節目となるファンミーティングへの参加が叶わなかった皆様の為に、簡易ではございますが「武豊ファンミーティング2019」のレポートをお届けしたいと思います。

武豊FMTG写真

武豊ファンミーティングではお馴染みとなっているタレントの見栄晴さんが、今年もMCを務める形で会はスタート。見栄晴さんの絶妙なトークで会場が温まったところで、武豊騎手の2018~2019年2月までを振り返るVTRが流れ、その後に武豊騎手が大きな拍手に包まれながら黒いスーツで入場。

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登壇してからすぐに「この形でのファンミーティングは今回が最後になりますが、また別の形で皆さんとは繋がって行けたらいいなと思います」とコメント。また新しい形での交流の場を設ける可能性があることを伝えました。

武豊FMTG写真

まずオープニングトークとして、見栄晴さんと武豊騎手の席の位置がいつもと逆ではないかということから始まり、これに対して武豊騎手は「今日は見栄晴さんのファンミーティングということで(笑)。インスタも始めたことですし」といきなり笑いを取っていました。ちなみに見栄晴さんのインスタ開始日のフォロワーが4人で、その内の2人が知り合いだったことも暴露して、さらなる笑いを誘っていました。

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今季の武豊騎手の調子の良さについて見栄晴さんが振ると、武豊騎手は「この時期は花粉症なので喉が痛いです。レースの時はあまり気になりませんが、5、6年前から花粉症で、ついにこの前、レーザーで鼻の奥を焼いたんです」と、競馬の成績ではなく、多くの方と同様に花粉症であることをカミングアウト。会場に集まったファンの皆様のほとんどが「武豊が花粉症とは意外」というような表情をしていました。

さらに、もうじき50歳になることに「全然、ピンと来ないんです。子供の頃に50歳っていうと、もの凄くおじさんというか、初老だと思っていたんですよね。それにしても見栄晴さんは老けていますね。僕と2歳しか違わないのに(笑)。僕は30代半ばからはあまり変わってないと思いますよ。でも髪の毛は付けているんです。嘘です(笑)。」と序盤から絶妙なトークで会場を大いに盛り上げていました。

武豊FMTG写真

さて、本編に入ると、最初に触れた話題は昨年に達成した4000勝の話から。レース映像を見ながらのトークとなりました。
「2018年を迎えた時に、夏ぐらいじゃないかと気楽に考えていました。ところが、秋競馬になってしまって、周りの“まだかまだか感”が凄かったです。決めた日は残り3勝だったんですけど、達成したレースの前にメイショウラケーテという単勝1.7倍の馬に乗っていて、そこかなと思っていたら負けてしまって、全く頭になかったメイショウカズヒメの方で勝てましたね」とコメント。映像ではレース後に同僚のジョッキー達が4000勝Tシャツと帽子を被って出てきたシーンを見て「これは嬉しかったですね。何にも聞いて無かったので。丁度、このレースの発走前にタイミング良く雨が上がったので、ここで達成できたら良いなと思っていました」と喜びを露わにしていました。

武豊FMTG写真

見栄晴さんが「今までユタカくんからは、あまり数字に関する事を聞いたことが無かったけど、この4000勝のあとは、初めて次は5000勝という具体的な数字を言っていたけど、これはどういう意味があるの?」と質問すると、「ただ単に5000勝したいなと思ったからですね。なんか今回の4000勝が最後の大きな区切りだろう的な空気だったので、それを否定したかったということもありました。今回はJRAがもの凄く盛り上げてくれて、3000勝の時とは違うぞという感じだったんです。それで、これが最後の大きな区切りだと思ってるんじゃないかなと…(笑)。ですから5000勝を目指しますと、はじめて具体的な数字を言いました。次は4100勝の時にも何かあるんでしょうけど、きっと地味でしょうね。4500勝までは何もやらないでいいと言ってみようかな(笑)」と自らの大記録をも笑いに変えて会場を盛り上げていました。

今年に入ってからの成績の話題に入ると見栄晴さんが「毎年、1月~3月までの勝ち鞍が多いんですが、その4000勝の中で1番勝っているのは11レースなんですよ」とコメントすると、武豊騎手は「さすがですね。やっぱり賞金が高いですし、11レースは大好きです」と切り返し、ここでも場内は大爆笑。まるで漫才を見ているようでした。

JRA賞で特別賞の表彰を受けた事に対しては「G1も勝っていないし、自分の乗っていた馬が表彰された訳でもなかったので、JRA賞には行けないなと思っていました。だから特別賞は嬉しかったです。でも、壇上に上がっている時は、やっぱりタイトルを取りたいなと思いましたね。昨年は騎手部門をルメールがほぼ独占したんですけど、やっぱり騎手タイトルで上がりたいです。それと今年のリーディングは中々難しいですかね。もう(ルメール騎手に)並ばれましたから。もう少しゆっくりして欲しかったです(笑)。でも諦めてはないですよ」と意欲的な様子も見せていました。

武豊FMTG写真

続いては、先日、インティに騎乗して勝利したフェブラリーSの話へ。「やっぱり1年の最初のG1で勝つのは気持ちいいですね。勝ったから言う訳ではありませんが、たぶん勝てるんじゃないかなと思っていました。京都の1000万クラスを馬なりでブッ千切って勝った時に、この馬は凄いぞと感じました。今まで乗ったダート馬にはいないタイプです。今回、東京のマイルに代わることは絶対にプラスだと思っていました。もし、中京の1800mと東京の1600mのどちらかを選べと言われたら、初めてでも東京の1600mを選んでいましたね」とコメント。

そして、レース映像を見ながらのトークとなり「隣のサクセスエナジーが行くのかなと思って見ていましたが、意外ともたついていたので、じゃぁ行こうかなと思って逃げました。前半を35秒台後半で行けたらと思っていたので、理想通りの良いペースでしたね。直線では手前を変えなかったんですけど、手応えは凄く良かったです。他の馬の動向よりも自分の馬の脚色が衰えるかどうかというところを注意していて、全く問題はありませんでした。本当に強かったです。未勝利勝ちから負けてないんですから凄いですね。ただ、インティってモノ凄く走りたがるタイプなので、この時(レース後)も止まらないんです。止まらないから手も挙げられないので、ガッツポーズが出来なかったんですよ。スタンドに向かって笑顔だけということになってしまいました(笑)。それで検量室前に行ったら報道陣の半分ぐらいが、藤田菜七子騎手を追っていたので、『こっちこっち』って思っていましたよ(笑)」と笑いを交えながらフェブラリーSを振り返りました。

フェブラリーS回顧の後半には「今回の勝利でブリーダーズカップへの優先出走権を得ました。調教師さんはかなり慎重なんですけど、僕としては是非行って欲しいです。ただ、登録料がめちゃくちゃ高いんですよ。種牡馬がBC登録をしていれば安いんですけど、ケイムホーム(インティの父)は登録をしていないので高いんです。僕が登録料を払いますから行きましょうって言いたいですよ。そこまで楽しみな馬です。スピードもあるし、アメリカのダートは小回りなので、こういう馬で行きたいですね。左回りの小回りは絶対に合っています」と愛馬を好評価していました。

武豊FMTG写真

次のトークテーマとなったのは武豊騎手が近々に騎乗を予定している注目馬について。各馬に対するコメントをまとめてみました。
○シェーングランツ
「阪神JFは僕の中では期待していたので残念でした。ただ残念というのは馬の走りではなく、レース内容が良くなかったので悔しかったということです。丁度、先週、競馬場で藤沢先生に会った時に『良くなっているよ』と言われました。調教では前の2頭が飛ばし過ぎて遅れたみたいですけど、それはあまり関係ないです。レース前にイレ込む馬なので、そこは心配していますけど、桜花賞はチューリップ賞と同じ舞台なので、それを頭に入れて乗りたいですね。2歳女王と一緒にトライアルに出られるのも、本番に向けては良いと思います」
○サトノラディウス
「前回、京都の2400mで勝っているので素質はあると思いますけど、色々と課題も多い馬です。頭数は少ないんですけど、メンバーが強くなっていますからね。それでも権利は取りたいです。中山の2000mでは負けていますけど、良いレースをしているので意外と大丈夫だと思います。あまり凄く速い脚はなさそうなんですけど、国枝厩舎、サトノでディープインパクト産駒というだけで走りそうなイメージはありますよね。楽しみな一頭です」
○エアウィンザー
「金鯱賞では久々に乗りますね。共同通信杯以来かな。調教で乗ったんですけど、以前より強くなっていたので楽しみです。大阪杯を目指すことになるんでしょうけど、その時、僕はドバイに居るので、乗れないのは残念です」
以上の3頭に対してのコメント後には「今年26勝(2月24日現在)しているんですけど、勝った馬は全部個人オーナーの馬なんです。これは自慢ですね。リーディングの可能性もゼロではないので頑張りますよ」と意気込みを語りました。

写真で振り返る武豊騎手の半世紀

そしてファンミーティングは後半戦へ突入。写真を見ながら50歳を迎える武豊騎手の半世紀を振り返るというコーナーです。ここでは実際に会場で公開された写真をお見せします。貴重な写真に合わせて、一部ではありますが武豊騎手のコメントをお楽しみ下さい。

「50年前の武豊」

1969年3月15日 誕生
「50年前の武豊」

「生まれた時の写真です。可愛いですね(笑)。3200gぐらいだったかな。当初、ウチのオヤジが邦彦で、おじいさんが芳彦、伯父さんが輝彦と言う名前で割と“彦”という字が付いていたんです。それで兄2人には彦が付いてなかったので、三男だから彦を付けた方がいいんじゃないかという事で“豊彦(とよひこ)”という予定だったそうですよ。でもオフクロが反対して彦を取って豊かになりました。幸四郎にも彦を付ける案もがあったんですよ(笑)。また、ちょうどオヤジが3回目の菊花賞を勝ったから“菊三(きくぞう)”というプランもありました(笑)。豊彦と菊三だと落語家の家系みたいですよね(笑)」

「お父さんが若い!」

1970年頃(1歳の頃)
「お父さんが若い!」

「僕は何歳ぐらいだろう? 場所も分からないですね。オヤジが32、3歳の頃じゃないですかね。男の子3人が年子で、父は土日が競馬だったので、平日に仲良くキャッチボールをやっていた記憶があります。でも、オヤジは僕が小さい頃を、あまり覚えていないと言っていました。僕はすごく大人しくて静かだったみたいです。豊彦という名前だったら、同じ彦が入っているからもっと可愛がってくれたかもしれませんね(笑)」

「誰と2ショット?」

1981年頃(中学1年)
「誰と2ショット?」

「これは僕が中学1年生の時で、横にいるのが2つ上の須貝尚介調教師です。あの頃は仲が良かったんですよ(笑)今もですけど。一緒に乗馬をやったりしていました。栗東中学は競馬関係者の子供が多かったので、みんな仲良くしていましたよ。競馬学校も3年と1年で一緒でしたね。小さい頃から騎手になりたいと言っていて、小学校5年生から本格的に乗馬を始めました。中学3年生の時に池江泰寿(調教師)さんと一緒に大会に出て僕が勝ちましたよ(笑)。須貝さんの1つ上には藤原英昭(調教師)さんとか、インティの野中賢二(調教師)さんとか、大久保龍志(調教師)さんがいました。僕が小学校5年生の時に初めて乗馬で馬に乗った時に、引っ張ってくれたのが野中賢二さんだったんです。だからインティで勝った時は、その頃の事を思い出しましたね。先日、一緒に野中さんと食事をした時にその話になって、覚えていてくれて嬉しかったですね。昔からすごく優しい人でした。」

「競馬学校2年生」

1986年2月13日(16歳)
「競馬学校2年生」
写真:週刊Gallop

「これは競馬学校のトレセン実習といって、栗東トレセンで実習していた時の写真です。凄い写真ですね。僕の右にいるのが河内(調教師)さん、その後ろにいるのがオヤジです。騎手を引退して開業前までの技術調教師をやっていた頃になります。左に写っているのは石橋守(調教師)さんで、新人騎手時代ですね。この頃もオヤジからはあまり何も言われませんでした。河内さんの兄弟子がオヤジだったので、「河内の言う事を良く聞いておけよ」と言われるぐらいでしたよ。石橋さんは子供の頃から仲が良かったので優しかったです。河内さんは当時リーディングジョッキーだったので憧れでした。今でも会うとピリッとしますよ。怒られるとか細かいことを言われるとかではなくて、今でも憧れの存在なので、座っている時に歩いてきたら、立って挨拶しないといけないと思います。でも、これは河内さんもオヤジもアゴ紐を外しているのでダメですね(笑)。今は調教中にアゴ紐を外したらいけないルールがあるので怒られますよ(笑)。
そういえば、この頃に家族がある事をやらかしました。競馬学校2年生の夏に一度だけ家に帰ることが出来るんですよ。それで、千葉から栗東に向かっていて、草津駅あたりから迎えにきてもらおうと思って実家に電話したら、家族全員で京都に引っ越していたんです。誰も教えてくれなかったんですよ(笑)可愛い息子が1年半ぶりに帰ってくるのに、忘れていたって言うんですから(笑)僕はもう栗東まで来ていて、その時に盆踊りをやっていたから、そこに行けば同級生に会えるので、友達の家に1泊しました。本当に衝撃的でしたよ(笑)」

ファンミーティングの第二弾は、4月21日(日)午前8時30分~『武豊TV!Ⅱ』で放送します。お楽しみに!