プロフィール Profile

武 豊 Yutaka Take デビュー以来、史上初・史上最年少・史上最速の名がついた数々の輝かしい記録を打ち立て、自らの記録さえも塗り替え続ける武豊は今年も世界の舞台で戦い続ける。

武 豊 Yutaka Take 所属 栗東 武 豊 Yutaka Take 所属 栗東

生年月日
1969年3月15日
身長
170cm
体重
50kg
血液型
O型
星座
魚座
出身地
京都府

年表

1969
3月15日 父・邦彦、母・洋子の3男として、京都府に生まれる。
1979
栗東トレーニングセンター・乗馬苑で、乗馬を始める。
1984
JRA競馬学校へ入学。
1987
3月1日、1回阪神2日 4R アグネスディクターに騎乗し、騎手としてデビュー。
3月7日、1回阪神3日 3R ダイナビショップに騎乗し、初勝利。
1988
スーパークリークに騎乗して菊花賞を制しJRAのG1初勝利。
1989
アメリカ・アーリントン競馬場でグランマジーに騎乗してアローワンスを制し、海外初勝利を上げる。同年、初めてJRAリーディングジョッキーを獲得。
1990
フランス・ドーヴィル競馬場でレジデントに騎乗してモン・カニシー賞を制し、ヨーロッパ初勝利を上げる。オグリキャップに騎乗し、有馬記念を制覇。同馬のラストランを飾った。
1991
アメリカ・サラトガ競馬場でエルセニョールに騎乗してセネカH(G3)を制し、海外初重賞勝利。
1994
フランス・ロンシャン競馬場でスキーパラダイスに騎乗してムーラン・ド・ロンシャン賞(G1)を制し、JRAの日本人騎手として初めての海外G1ジョッキーとなる。
1995
史上最速・最年少で(26歳4ヶ月)で通算1000勝達成。
1997
年間最多勝利騎手・年間最多重賞勝利騎手に輝く。
1998
フランス・ドーヴィル競馬場でシーキングザパールに騎乗してモーリス・ド・ギース賞を制覇。日本調教馬初の海外G1制覇を飾る。サイレンススズカに騎乗し、秋の天皇賞に挑むがレース中の故障により無念の競走中止。
1999
フランス・ロンシャン競馬場でアグネスワールドに騎乗してアベイユ・ド・ロンシャン賞(G1)を制覇。
2000
騎乗の拠点を米国西海岸に移しながらも、帰国の際には国内でも精力的に騎乗しJRAリーディングジョッキーを獲得。
2001
フランスの名門ジョン・ハモンド厩舎の主戦騎手として招かれ、活動の拠点をヨーロッパに移す。
2002
2月に骨盤骨折の大怪我を負うも約8週間で復帰。騎乗の拠点の半分をフランスに移しながら、JRAリーディングジョッキーの座を獲得。例年より少ない騎乗機会の中で、タニノギムレットによる史上初の日本ダービー3勝目、史上最速・最年少での通算2000勝、JRA新記録(世界タイ記録)となる1日8勝を達成した。
2003
前年以上に地方競馬にも参戦し、交流GI全レースで騎乗。東京大賞典(連覇)を含む交流GI・3勝を挙げる。12月27日には前人未到の年間200勝を達成。最終的には年間204勝の大記録を打ち立てた。
2004
JRA所属騎手として初の地方競馬通算100勝を達成。また、日本中央競馬会創立50周年記念式典において、競馬功労者として農林水産大臣感謝状を授与される。11月にはエリザベス女王杯4連覇を達成したほか、年間勝利数では211勝をマーク。前年に自らが樹立した大記録を更新した。
2005
ディープインパクトとのコンビで皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制し、史上2例目となる無敗での牡馬3冠を達成。日本ダービーの勝利と同時に年間100勝に到達し、自らの持つ最速記録を1カ月更新した。9月には騎乗機会6連勝、1節12勝、1開催26勝(複数競馬場)のJRA新記録を樹立。12月には前人未到の3年連続年間200勝を成し遂げた。また、4月からは騎手による初のレギュラー番組「武豊TV」が放送開始。各方面で大きな話題を呼ぶ。
2006
フェブラリーSを幸先良く制して19年連続GI勝利を達成。3月のドバイ遠征ではユートピアとのコンビでゴドルフィンマイルを逃げ切り、02年のモートリー賞(クリスタルキャッスル)以来となる海外重賞制覇を果たす。ターフを離れては「デビュー20周年記念 武豊展」を東京(新宿)、京都、小倉の3都市で開催。写真パネルやトロフィー、愛用の馬具を公開展示し、これまでの足跡を振り返った。
2007
アドマイヤムーンとのコンビでドバイデューティーフリーを快勝。前年のゴドルフィンマイル(ユートピア)に続き、ドバイ国際競走で勝利を収める。海外GI制覇は2001年香港ヴァーズ以来となった。7月には通算2944勝に到達し、岡部幸雄元騎手が保持していた最多勝記録を更新。11月に入ると前人未到の3000勝まで記録を伸ばす。
2008
ヴァーミリアンとのコンビでフェブラリーSを制覇。連続GI勝利記録を21年に更新する。6月にはJRA通算3100勝に到達。その間、5月には京都競馬場のみによる通算1000勝も達成している。夏恒例の海外遠征では、12人の世界のトップジョッキーによって行われるチーム対抗戦「シャーガーカップ」に、世界選抜チームのキャプテンとして出場。2勝を挙げる活躍で、チーム戦2位の原動力となると共に、最多ポイント獲得騎手部門でも2位の好成績を収める。11月には落馬により右手首骨折の重傷を負うも、驚異の回復力で1か月後に戦列復帰を果たした。
2009
4月に通算勝利記録を3200勝に更新。5月にはウオッカとのコンビでヴィクトリアマイルを制し、連続GI勝利記録を22年に延ばした。同馬とは安田記念の連覇も果たす。また、前年の京都競馬場に続き、阪神競馬場のみによる通算1000勝も達成(6月)。秋は地方交流重賞で顕著な活躍を見せ、エーデルワイス賞(門別)を勝って牝馬限定重賞の完全制覇、名古屋で開催されたJBCクラシックでは、ヴァーミリアンと共に3連覇を成し遂げた。12月には通算3300勝に到達している。
2010
ヴァーミリアンと共に臨んだ川崎記念(1月)をレコード勝ち。同馬の国内GI最多勝利数を「9」に更新し、幸先の良いスタートを切った。しかし、3月に落馬負傷して自身最長の4か月に及ぶ戦線離脱を余儀なくされる。夏の小倉開催で復帰、9月には関西所属騎手として初の日本騎手クラブ会長に就任。秋はスマートファルコンに騎乗したJBCクラシックで4連覇を達成。ジャパンCをローズキングダムで制し、23年連続GI勝利を果たす。年末の東京大賞典で再びスマートファルコンに騎乗。ダート2000mでは従来の記録を0秒6短縮し、2分0秒4の日本レコードで圧勝を飾った。
2011
6月に自身の持つ通算勝利記録を3400勝へと更新。8月には英国・アスコット競馬場で開催される「シャーガーカップ」に世界選抜チームの一員として2008年以来5度目の出場を果たし、第2戦ステイヤーズ(1着)での騎乗が当日の最も優れた騎乗を讃える「Ride of the Day」に選出される。秋のJBCクラシックではスマートファルコンとのコンビで連覇を成し遂げると同時に、前人未踏の同レース5連覇を達成した。また、東日本大震災の復興支援を期し、騎手会長として被災地訪問、募金活動などを先導した。
2012
2月にトレイルブレイザーとのコンビで京都記念を制覇。新人時代から続く重賞勝利を26年連続に更新する。8月には英国・アスコット競馬場で開催された騎手対抗戦「シャーガーカップ」に世界選抜チームのキャプテンとして出場。個人戦4位に奮闘するとともに、チーム対抗戦での優勝に貢献した。11月のマイルCSではサダムパテックを駆って2年ぶりのGI制覇を飾り、中央競馬におけるGIレース完全制覇へ朝日杯フューチュリティSを残すのみとしている。
2013
1月にカレンケカリーナとのコンビで通算3500勝を達成。2月にはトーセンラーで京都記念を勝ち、新人時代から続く重賞勝利を27年連続に更新する。5月の日本ダービーをキズナにて制覇し、前人未到の同レース5勝目を挙げ、7月にトルコで開催された「トルコジョッキークラブ国際騎手招待競走」にJRA代表として参加し、外国招待騎手チーム団体戦の優勝に貢献する。さらに11月、トーセンラーでマイルCSを連覇すると同時に、GI100勝を達成した。
2014
1月にメイショウインロウとのコンビでJRA通算3600勝を達成。2月にはトーセンスターダムできさらぎ賞を勝ち、新人時代から続く重賞勝利を28年連続に更新する。10月には地元京都でピエナトップガンに騎乗し、JRA通算騎乗数を18,648回に更新。岡部幸雄元騎手が保持していたJRA最多騎乗記録を更新した。
2015
1月にグァンチャーレとのコンビでシンザン記念を勝ち、重賞勝利を29年連続に更新。3月には中山競馬場でローズマンブリッジに騎乗し、JRA通算勝利数を3700勝に更新した。10月のシリウスステークスでは、アウォーディーに騎乗し、前代未聞のJRA重賞300賞を達成。12月にシャティン競馬場(香港)で行われた香港カップでは、エイシンヒカリとのコンビで海外レース勝利の偉業を成し遂げた。
2016
1月に行われたアメリカジョッキークラブカップ(AJCC)で初勝利を納め、新人時代から続く重賞勝利を30年連続に更新する。